印刷標準字体のいま

2024.2

 2000年(平成12年)に、当時の国語審議会から「表外漢字字体表」が答申され、「印刷標準字体」が公になりました。
 「印刷標準字体」と行っても、漢字の字体に興味がある人以外はほとんどの人が知らないと思いますし、出版・印刷関係者でも、関心を持っている人は多くないと思います。
 じっさい、世の中の出版物のほとんどが、「印刷標準字体」の漢字ではなく、「従来字体」の漢字です(「新字体と旧字体、正字と通用字・略体、拡張新字体と印刷標準字体」参照)。

 その理由を推察してみると、
  ①そもそも出版社の編集者にとって、漢字の字体などに関心がない
  ②過去の出版物との整合性から、あえて従来字体を使用する(もう20年以上たっていますが)
  ③字体にこだわっているところは、「印刷標準字体」以前から字体のハウスルールで運用している
などが考えられます。

 「印刷標準字体」という名前ですが、皮肉にも印刷以外、パソコンとWEBでしか標準化されていません。パソコンの世界では、2006年のWindows Vista、2007年のMac OS 10.5から、標準フォントが、印刷標準字体に対応したJIS X 0213:2004の字形にあらためられたからです(字形を選択できないWEBも同様です)。

 「一般の書籍類とワープロ等で使用されている字体との間に字体上の不整合が生じた」ことを理由に答申されたのが「表外漢字字体表」であり、それは、印刷物はいわゆる康熙字典体、ワープロは拡張新字体ということを想定したものでした。しかし実際にはこれとは逆に、印刷物は従来書体、パソコン・WEBは印刷標準字体という混乱を、広く定着させてしまったとしか言いようがありません。
 「表外漢字字体表」では、あたかも「いわゆる康熙字典体」が印刷文字の主流であるかのように論じられていますが、印刷物の現実からあまりにも乖離していると思わざるを得ません。これは2000年前後に跋扈した、「漢字が足りない」という主張に端を発した、一部の保守派の主張(「漢字を救え」運動)に強く影響されていると思われます。残念なことにこの流れは、2010年(平成22年)内閣告示の改定常用漢字表で追加された196字の字体の混乱にもつながっていたように思います。
 では、なぜ出版物のほとんどが従来書体を使用しているのか、改めて検討する必要があるのではないでしょうか(「拡張新字体じゃダメなのか」参照)。

 拡張新字体やいわゆる康熙字典体に対する考えは私も個人的にはありますが、いったんは答申されたものの、国として、「印刷標準字体」をスタンダードにはできないと、政府も判断したようです。「当用漢字字体表」や「常用漢字表」は、「国として定めたもの」として内閣告示されましたが、「表外漢字字体表」だけは、さまざまな答申の中で唯一、内閣告示に格上げされていません。

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